スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「軍事研究」2012年11月号を読んで(笹山)

 「軍事研究」という雑誌の2012年11月号を偶然読む機会がありました。

軍事研究

 その名の通り、軍事行動や軍事設備について、自衛隊やアメリカ軍のものを中心に様々に紹介する雑誌です。
 その中で、オスプレイに関して紹介する記事が2つ掲載されています。芦川淳さんという「防衛ジャーナリスト」という方が書いた「沖縄オスプレイ配備の裏側」という論稿と、石川巖さんという「軍事リポーター・元朝日新聞論説委員」という方が書いた、「防衛省シンポジウム見聞録 日米同盟とオスプレイの沖縄配備」というレポートの2つです。
 オスプレイをなぜ沖縄に配備するのか。実に率直な本音が聞かれて興味深い論稿でした。

 石川さんの文章は、表題に「シンポジウム見聞録」とあるように、今年の8月29日に開催された防衛省主催のシンポジウムでのシンポジストの発言の紹介がメインです。このシンポジウムに出席したアメリカ側の関係者は、「第26海兵オスプリ航空群司令官」のシーモア大佐、それからルーク駐日公使。シーモア大佐は、「(日米)安保のことなんかわからない」とした上で、オスプレイの沖縄配備について「戦場でも人道作戦でも証明された最良の機体だ。この地域に配備は大きなメリットになる。」と発言。ルーク公使も、「日米安保条約の義務として米国はオスプレイを沖縄に配備するのだ。あれこれ文句は言わせぬ」という趣旨を発言した、ということです。
 芦川さんの論稿によると、米軍にとっては、既に機体寿命の終わりを迎えつつあり苦肉の延命を続けているCH-46を手放し、一刻も早く機能的で性能を向上させた機体を手に入れたい。オスプレイは、長大な航続距離によって強襲揚陸艦による艦上輸送を待たずに即応展開を行うことができるため、速攻を旨とする米海兵隊にとっては待ち焦がれていた機体である、とのことです。
 そして両者の文面ともに、「オスプレイは安全である」という見解、発言が紹介されていました。

 両論稿で紹介される「オスプレイ配備の必要性」は、実に、率直な物言いです。結局のところ、オスプレイは米軍(海兵隊)の活動にとって必要で有用、ということに話は尽きるのであって、安保条約を根拠に米軍が沖縄に駐留している以上、配備は正当化されるわけです。これはオスプレイに限ったことではなく、オスプレイという特定の機体だけ特別視される話でもないわけです。
 私も、従前から、「オスプレイは危険だから」ということで反対する、というのには違和感を持っていました。先制攻撃を行う海兵隊に必要な装備を導入するのがおかしい、と考えていました。
 上記の2つの文章を見ても、ことは安保条約の是非、ということになるわけですね。ならば、それを直接問題にしましょう。安保条約は、必要なのか?

2012年11月24日 弁護士 笹山 尚人

橋下市長の9条論(山添)



大阪市の橋下市長が、9条について話しています。



「憲法9条とは、突き詰めると平和には何も労力がいらない、自ら汗はかかない、そういう趣旨だ」

「平穏な生活を維持しようと思えば不断の努力が必要で、国民自身が相当な汗をかかないといけない。それを憲法9条はすっかり忘れさせる条文だ」

「9条がなかった時代には、皆が家族のため他人のために汗をかき、場合によっては命の危険があっても負担することをやっていた」



いずれも具体性を欠く指摘ですが、「汗をかく」「命の危険」を犯すことを求めているように読めます。



憲法9条は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって」(97条)、

「恒久の平和を念願し」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全を生存を保持しようと決意した」(全文2項)もので、

「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」(12条)ものです。



9条の下でも、戦争に参加し、荷担しようとする動きは繰り返し続いてきました。

しかし、朝鮮戦争やベトナム戦争、イラク戦争にも直接は参加せず、非核三原則や武器輸出三原則を掲げ、集団的自衛権の行使を否定するという条件を課してきたのは、

ほかならぬ9条とそれを実践していこうとする人たちの「不断の努力」によるものではないでしょうか。

実際には、朝鮮戦争でもベトナム戦争でも、そしてイラク戦争でも、物資やその補給基地として日本が果たしてしまっている役割は大きかったでしょう。

核密約も実在していました。

しかし、9条があるからこそ、表だって軍隊をもち戦争をすることはできなかったのではないでしょうか。



また、侵略戦争の反省の上に立てられた9条の下で、アジア諸国に対する反省の努力をしてこなかったのは、歴代の政権でこそあれ、

国民一人ひとりではないと思います。もちろん、そのような代表者を選んできた責任はありますが。

「平和を崩すことには絶対反対で、9条を変えて戦争ができるようになんて思ってない。9条の価値観が良いか悪いかを、国民の皆さんに判断してほしい」

とも述べたそうですが、一連の発言は、「不断の努力」を求める9条の精神を反映したものとは思えません。


産経ニュース
しんぶん赤旗

「民主主義」を「経験する」(弁護士 笹山 尚人)


 年が明けてから、労働組合の春闘に向けた学習会で、講師としてお話しさせていただく機会が何度かありました。私はその中で、「民主主義」を「経験」する、ということの大切さをお話しして、ぜひ労働組合にもそれにトライしてもらいたいと話しています。小耳に挟んだ話によれば、これが意外と好評のようです。

 私は、「民主主義」とは多数決だと思っていません。様々な意見を出してもらい、お互いに交換し、討論を尽くす。その中で少数意見を排除せず、合意できることを見いだすこと、決めた方針を実行してみること、相手にぶつかっていくこと、そのレスポンスをまた全体に返してさらに討論すること。そんなイメージで理解しています。自分の意思を表現し、相手の意思も聞いて反芻。相手にぶつかってみて、どこまでなら自分たちの願いを叶えられ、どこまでなら無理なのか。無理なことを通すにはどうしたらいいかをまた考える。民主主義とは、私たちがことにあたるときの、一人一人が主人公になるための、そんなシステムではないかと考えています。

 そんな民主主義を、もっともっと経験してみよう。私たち一人一人が、もっともっと主人公になってみよう。そういう経験を経て、自分たちの願いに一歩でも近づける成果を獲得できたのなら、その喜びは、参加した全員で共有できるのではないでしょうか。

 そういう経験をするのは、労働組合で行うとは限らないけれど、労働組合こそ、そうした民主主義を本来実践する組織ではないでしょうか。職場の意見を討論して、要求を練り上げ、会社に要求し、会社のレスポンスでどうするかをまた討論する、といった活動をするのですから。労働組合法が労働組合に民主主義を求めているのは、このような趣旨だと私は理解しています。

 この日本で、そんな民主主義の経験をしたことがある、といえる人はどれくらいいるのでしょう。労働組合や社会運動の下火が叫ばれて久しい今日、驚くほど少ないのではないのでしょうか。だからこそ、私たちは、もっともっと民主主義を経験して学び取る必要がある。これが私の問題意識です。

 今、国会で議論されている比例定数削減の問題は、この民主主義を脅かす重大な問題だと考えます。政府の提案どおりにすると、国会はほとんどが民主党と自民党の議員でしめられます。しかし、この両党は、憲法9条を変えるという点でも、大企業中心の経済政策を推進するという点でも、本質的な差異がない政党です。しかし、国民の意識は両党の政策と同じでしょうか。家計を暖かくする庶民の生活重視の経済政策や、戦争のない平和な日本と世界を求める、そんな声は数多く存在します。国民の意識とずれた討論しかできない国会で、民主主義が尽くされるでしょうか。

 衆議院比例定数を80削減するということが必要なのか。そのことを徹底して議論し、決めた意見を国民として政党や政府にぶつける。これも、私たちの「民主主義」の「経験」です。

2012年2月20日 弁護士 笹山 尚人

                                   
 

映画「原発切抜帖」をみて(山添)

DVD「原発切抜帖」を鑑賞しました



当事務所には、カレー部なるものがあります。加齢部ではありません。

近所のスーパーが毎週水曜日に300円でカレーを売るので、これを集団的に食べています。

加齢臭、いや、カレー臭が心地よいです。



さて、昨日のカレー部会では、「原発切抜帖」というDVDを見ました。
原発切抜帖


1982年作。

小沢昭一のナレーションで、ひたすら新聞記事の切り抜きを紹介していきます。

斬新なアイデアです。

制作費を抑えつつ、情報量は非常に膨大です。

原爆からスリーマイル島事故、ビキニ水爆実験、そして日本の数々の原発の事故隠しの様子が報じられます。



事故の発生→事故隠し発覚→大丈夫宣伝→事故の発生・・・その繰り返しです。

これを見ていると、日本の政府やその機関、原発関係企業は、福島の原発事故までずっと同じ体質だったんだと改めて実感します。



巷で入手できるのかわかりませんが、興味をお持ちの方はぜひご覧ください。

 核実験を止めさせた女性科学者、猿橋勝子博士のこと


 東日本大震災で福島第一原発が爆発し、日本国民は、広島、長崎、第5福竜丸に続いて4度目の被爆を経験しました。このことに大きな衝撃を受け、暗く重い気持ちでいた私でしたが、放射能に関する科学論文で猿橋勝子博士のことを知り、希望の光を見た思いがしました。

 猿橋さんは、1943年に気象庁に入り、大気中のちりや雨に含まれている放射能物質の研究にとり組んでいました。海水中の微量炭酸を分析するために極微量拡散分散装置を開発し、「微量分析の達人」と言わていました。
 1954年3月1日、米国がビキニ環礁で水爆実験を行い、160㌔離れた海上で漁をしていた日本のマグロ漁船「第5福竜丸」が、「死の灰」と呼ばれる放射能物質により被爆する事件が発生します。このときの水爆の破壊力は、広島・長崎に投下された原爆の1000倍。第5福竜丸の乗組員は、甲板に雪のように降り注いだ「死の灰」を浴び、めまい、頭痛、吐き気、下痢、脱毛の他、手がグローブのように腫れ上がるなどの原爆症に苦しみながら、「死の灰」を袋に保管し、やっとの思いで同月14日に帰港しました。

 この「死の灰」が、微量分析の達人である猿橋さんのところに持ち込まれ、水爆のすさまじい破壊力の実相が明らかにされました。同時に、猿橋さんら研究者はビキニから遠く離れた日本で降った雨からも高い放射能を観測し、さらにビキニの死の灰が黒潮にのって日本近海にたどりついたことを突きとめ、魚も農産物なども汚染されていることを訴え続けました。

 しかし、米国の研究者は猿橋さんたちの放射能測定結果を信用しませんでした。
 日本国内では、第5福竜丸の被爆を契機に、第一回母親大会が開催され原水爆禁止署名運動を進めるが始まっていました。
 1962年、猿橋さんは、日米の海水中放射能分析法の相互比較を行うために渡米。両国の分析測定方法の精度を競い、日本の分析法が米国よりも突出して精度が高いことを証明しました。
 米国の研究者は猿橋さんらの研究結果を認めざるをえず、1963年、米国政府は成層圏内核実験の中止を発表しました。

 事実の力で、核実験による放射能汚染の広がりを白日のもとにさらし、核実験禁止の草の根の運動を支えた猿橋さんの功績に励まされるのです。(弁護士 岸 松江)

参考文献:「猿橋勝子という生き方」岩波科学ライブラリー、「科学する心 日本の女性科学者たち」日刊工業新聞社

プロフィール

東京法律事務所憲法9条の会

Author:東京法律事務所憲法9条の会

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
東京法律事務所9条の会
検索フォーム
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。