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敗戦前後

東京法律事務所9条の会では、会10周年記念行事として、戦争体験の手記を募集しています。
寄せていただいた手記を、随時ブログでアップしていきます。
会員の高田昭治さんから、手記をいただいたので掲載します。

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敗戦前後

高田昭治

 わたしは1937年生まれで、77歳になります。
 
 当時、満州国と言っていましたが、わたしはそこで生まれ、父がその満州国の逓信省に勤めていた関係で、当時の新京市(現在の長春市)洪凞街というところにあった官舎に住んでいました。第2次世界大戦に入って2年目の1943年に、近くの春光国民学校(現在の小学校にあたる)に入学しました。この学校は日本人だけが入れる公立の学校だったのです。

 幼い自分は、日本ではない国で、日本人が我が物顔にふるまい、日本人だけの学校に入るということに全く疑問を持っていませんでした。思い出すのは、物資不足がだんだんひどくなってきて、スケート靴がくじ引きの配給となり、それにあたった生徒はわずかで、ほとんどの生徒は、冬はスケートリンクになる運動場に椅子などを持ち出してきて、それを滑らせながら遊んだりしていたことです。また、生徒たちを二つのグループに分けての、戦争ごっこ・模擬戦闘を行わせると行った軍事教育です。
 
 そうこうしているうちに1945年の8月になり、ソ連が参戦して侵攻してきたというので、急にあわただしくなりました。父は招集されて通化というところに行き、残された官舎の人々は、上からの命令で疎開することになり、慌ただしく行った先は、奉天(現在の瀋陽)というところで、駅近くのホテルが避難先になっていました。疎開するときは、母は女手一つで自分と弟を連れて大変な苦労をしたと聞いています。

 食事は薄いコウリャンのおかゆで、ほとんど皆が下痢状態になりました。7歳年下の弟は、やっと歩けるようになっていたのですが、栄養失調状態の中で、歩けなくなってしまいました。弟はその後医者も見放すほど弱っていましたが、なんとか回復しました。現在は郷里で元気でやっています。ただ、戦後にもう一人の弟が生まれたのですが、母親が栄養不良状態で、最初から弱く、まもなく死んでしまいました。

 8月15日は放送を聞くという手段もなく、ホテルの階段の踊り場にポツダム宣言受諾のことを記したお知らせが張り出され、それを見て涙を流している人もいたことを覚えています。自分は、もちろんその内容を知ることはなく、なにがあったのだろうと思ったのですが、あとから「あれは戦争が終わったという告示だったのだよ」と教えてもらったわけです。その奉天のホテルにいても先行きが見えないということで、いったん、新京に戻ることになり、やっと汽車に乗ることができ、南新京駅というところで下車して、とぼとぼ歩いているところに、一足先に除隊していた父が迎えに来てくれたときは、やっと助かったといううれしさでした。あとから聞いたころによると、父も危うくシベリア送りになるところだったそうです。

 進駐してきたソ連兵には程度のわるいものもいて、女性は顔に墨を塗ったり大変苦労したようです。わが家にもソ連兵がやってきて、腕時計を出せなどとやられたこともありました。春光国民学校はソ連軍の宿舎になり、学校は生徒たちの家を回り持ちで細々と続いていました。それも長い間ではなく、学校は不審火で火事となり、ソ連兵は撤退したので、焼け跡の建物の一部を使っての学校再開となりました。

 日本人は一斉に失業状態に成り、わが家も道ばたに露店を出したり、なんとか細々と暮らしていました。とにかく、食べることが毎日の課題でした。その年の冬は石炭も入手困難になり、水道も止まって戸外の井戸から水を汲み上げなければならず、寒さで井戸の周囲は凍って、それこそ水くみも命がけという状況でした。

 そして敗戦1年後の1946年8月にコロ島経由で日本への引き揚げとなるのですが、この時の思い出も重たいものがあります。この敗戦の前後から、もう少し大きくなるまでの悲惨な記憶が、自分の原点となったと思っています。

 民衆を苦しみに追いやる戦争を起こさせてはなりません。最近の安倍内閣の動きには危険なものを感じます。憲法9条を守ると言う大きな運動で、おかしな動きを封じていきましょう。

(2014.09.15記)


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