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憲法と私(永盛)

それは、高校時代のことである。はじめて憲法を通読した私は、文字通り、目から鱗が落ちた思いだった。貧富の違いやいわれなき差別が存在していることに疑問を抱き始めていた私に、世界中の人々が飢えや恐怖から解放され、安らかに生活できる社会の建設を目指す憲法は、理想の実現に向かって努力することが重要であることを教え、力づけてくれたのである。

長じて、私はこの憲法の理想が、誰かの頭の中で考え出されたものではなく、どうしたら戦争をなくすことができるかという、悲願の達成に向けた人類の努力の中で生まれたものであることを知った。

アレクサンダー、ジンギスカン、ナポレオンの例を出すまでもなく、かつては英雄とは戦いに勝利して広大な領地を得た者に与えられる称号だった。それが明らかに変わったのは、「戦争の世紀」と呼ばれる20世紀になってからである。科学の進歩によって武器の破壊力は飛躍的に増大し、騎士や兵隊といった戦闘員ばかりでなく、多くの罪もない市民にまで犠牲が拡大する。ここで初めて戦争は悪いことであるという認識が世界中に広がり、第1次世界大戦後、初めての平和を維持するための国際機関として、国際連盟が発足し、不戦条約など、戦争を防止するための努力が始まったのである。

しかし、それにもかかわらず、第2次大戦が起こり、その反省をふまえて国際連合が創立された。それ以前と大きく異なったのは、飢餓や貧困、差別などが戦争を引き起こす大きな原因であるとして、基本的人権の保障に力を入れたことである。

そのような時代に生まれた日本国憲法は、この世界的な大きな流れの中に位置づけられている。「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」との前文中の宣言はそのことを物語っている。

確かに、憲法の理想を実現するには、今後も多くの年月と努力が必要となろう。しかし、その理想を放棄し、こともあろうに「積極的平和主義」の名の下に、再び武力による支配を目指し、さらに天皇制独裁国家の復活を企てる、安倍政権の暴挙はどんなことがあっても許すわけにはいかないと考えるのである。
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